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be the change

ネット生保で働くなんちゃってトライアスリートが子どもたちと話したいこと

限界点を知ることとパートナーの存在について

今日はこどもの日。Yとっては3回目、Lは初節句になるね。

Yはよく知っているように、わが家には五月人形がないので、例年どおり、じいじの家から一式借りてきて写真を撮ろうと思う。今週末にでも(手抜きでスマン)。

さて、昨日は、Y(長男)と二人でプチ山登りに出かけた。往復で1時間くらいだろうか、君は道中で拾った自分の背丈の二倍はある木の枝を得意そうに振り回しながら、父さんのあとをちょこちょこ寄り道しながら登ってきたっけ。

途中何度か、「そろそろ帰ろうか?お腹すいてない?ジュース飲みたくない?」と聞いてみても、「まだ帰らない。もっと登る!」と言い張って、なかなか帰ろうとしなかったね。

山の中腹から遠く浅間山を二人で眺めて、「かっこういいねぇ」と感動した後、ようやく帰る気になってまもなく君は、「パパー、Yくん、いっぱい歩いたら疲れちゃったよぉ。抱っこしてぇ。」と、猫なで声(?)で父さんの足にまとわりついて、一歩も動かなくなってしまった。

あまりに予想通りの展開に、「だから、途中で戻ろうかって何度も聞いたじゃん!」と思いつつ、仕方がないので14kgある君をおんぶして来た道を戻って行った。(話はそれるけれど、父さんのトライアスロン仲間が何人も挑戦し完走している砂漠レースは、このくらい重いバッグを背負ったまま5日間250km近くも走り続けるのだと考えたら気が遠くなった…。みんなスゴイ。)

あたり前のことだけれど、仮に父さんが一人でトレイルランニングの練習をしていたとして、途中で動けなくなってしまったら、それは遭難(や場合によっては死の)リスクに直結してしまう。だから、自分の体力と相談しながら必要があれば途中で引き戻すだろう。

自分の限界点を知ることは自分の限界を超える最重要かつ最初のステップ。@hideshione


最近、父さんが気になっているビジネスデザイナー/ZIBAの濱口秀司さんという方が、つい先日、twitterでこんな言葉をつぶやいていた。

昨日の山登りでYが自分の体力の限界点を知ったように(とは言え、君はまた同じことを繰り返すだろうけれど、それはそれで大いに歓迎だ。どんどん挑戦して、どんどん失敗しよう)、君たちは成長するにつれ、自分の限界点を知ることになる。それが大人になるということの一つの側面だとも言えるかもしれない。

ただ、忘れないで欲しいのは、君が何かに挑戦して知ることになるのは、(多くの場合)「本当の限界」ではなく、単に「その時点での限界点」にすぎないということ。

ちょっと格好つけた言い方になってしまったかな。

それが体力であれ、技術であれ、知識であれなんでも、自分の(その時点での)限界点を知り、受け入れることは、それを乗り越え、自分の可能性を押し広げていくスタート地点であるという考え方には賛成だ。

だから父さんは、君たちに「大人しい」(=限界点を超えるリスクを取らない)子どもにはなってほしくないなあ、と思う。
もちろん、父さんも、(ちゃんと自分の限界点とそれを踏み越えるリスクは認識しながら)挑戦し続ける、「子どもっぽい」大人であり続けたいと思う。

ちなみに、父さんの場合は、外見が実年齢よりも(だいぶ)上に見られることが多いので、父さん似のYは、そうなる可能性が高いだろう。それは仕事の上では有利に働くことも多いけれど、「子どもっぽく」い続ける上では自然と足かせになってしまうかもしれない。

**********

さて、もう一つ、昨日、君とプチ山登りをしていて考えたことがある。
それは、「挑戦を支えてくれるパートナーの大切さ」

父さんが大学生だった頃、いわゆる体育会系の部に所属していたため、早朝練習のあと、お昼の前にウェイト・トレーニングをこなすのが日課だった(午前中の授業のことについては聞かないでほしい)。

大学生にもなると、自分の体力や筋力の限界はよく知っている。だから、普通にトレーニングしていると、どれだけ意識していても、自然と手を抜いてしまう。そこで大事なのが練習パートナーの存在になる。

例えば、ベンチプレス。傍に立って「何かあったらすぐに助けてやる」というパートナーがいるから、「ぐむむ…もうダメだ…。」と思ってからの追加の1回に挑戦できるのだと思う。(だから、パートナーはちょっとSっ気がある人の方がよいかもしれない。)そして、その1回の積み重ねが、決定的に重要になる。もし君も一人で散歩に出かけていたら、歩けなくなる前に戻ってきていたかもしれないね。

これは仕事でも同じことなのかもしれない。

誰だって、新しいことや出来ないかもしれないと思うことに挑戦するのは怖いものだ。

それを、「いいからやってみろ」と言ってくれる上司の存在。「何かあったらヘルプするからいつでも言ってね」と言ってくれる先輩の存在。「仕事がひと山超えるまで、子どもたちの面倒はなんとかするよ」と言ってくれる妻や親の存在。

限界を越えて挑戦し、可能性を押し広げていくためには、そんなパートナーの存在が欠かせない。だから、君たちには、自分の挑戦を支えてくれるパートナーを心から大事にしてほしいと思う。そして、挑戦して成功した時も、失敗したときも、それを支えてくれたパートナーへの感謝の気持ちを忘れてないようにしてほしいと思う。

なんだか、ずいぶんとかたい文章になってしまったね。

まとめると

・どんどん挑戦して、失敗して、限界点を押し広げていこう。父さんもそうする。

・挑戦を支えてくれるパートナーを心から大切にしよう。感謝の気持ちを忘れないようにしたいね。

・父さんは君たちが限界点に挑戦する際の、よきパートナーでありたい。

・君たちと将来酒を酌み交わすとき、いくつになっても、お互い「今度はこんなことに挑戦するんだ」という話で盛り上がりたいな。

といったところかな。

プチ山登り
(プチ山登り中のY)

  1. 2013/05/05(日) 10:34:28|
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直感と信念と歯がゆさと

「AとBとC」というタイトルを見て何を思い出すか。

父さんと同じ1970年代生まれだったら間違いなく、「恋(いと)しさと切なさと心強さと」か「部屋とYシャツと私」だろう。2010年代生まれの二人にとってはどうだろうか。

ちなみに、これを読んで、『おかしい。「A、B及びC」、「A並びにB及びC」、または「A及びB並びにC」などとすべきだ』と、最初に感じたとしたら、法律に関わる仕事が向いているかもしれない(父さんには向いていなかった)。

そんな話はどうでもいい。

今日は、父さんが心から尊敬する友人が、直感と信念について書いた本「正しい判断は、最初の3秒で決まる」について書こうと思う。父さんが生まれてはじめて献本(「けんぼん」ではなく「けんぽん」と読むらしい)頂いた本だ。慎さん、ありがとう。

最初にタイトルを見たときは、マルコム・グラッドウェルの名著『第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい』を意識しているのだろう…という印象だったが、果たして中身は大きく違った。

「第1感(原著は”Blink”=ひらめきの意)」は、適応性無意識という人類が厳しい生存競争を勝ち抜く中で培ってきた、わずかな情報で素早く適切な判断を下す能力を所与として(その存在については、エピソードや心理学実験を紹介するにとどめ)、よりよい人生をおくるために、その能力(脳力)をどのように引き出し、活用するかという点に焦点が当てられている。小難しいことを言っているが、要は、「直感をどう役立てるか」の本と言ってもいい。

一方、「正しい判断」は、歴史、哲学、ビジネス、科学、スポーツ、建築…古今東西の様々な文献やその道の第一人者たちの言葉を引きながら、著者自身の経験も織り交ぜ、どのようにして直感と信念(経験に基づき、無意識のうちに最善の選択肢を選びとるものであり、人の発想/行動を左右するもの)を磨き上げるか、それにより何が変わりうるのかという点について、多くの頁を割いている。いわば「直感をどう鍛えるか」について書かれた骨太の本だ。そこに近道はない。

また、その構成は彼がインプットしてきた知や情報を、主題である「直感と信念」という軸にそって並び替え、組合せながら次々に読者に提示していく、小気味よいキュレーションのようで、ふむふむと読んでいるうちにあっという間に読了してしまった。

その土台にあるのは、新しい経験によって培われた人間の直感と信念が、イノベーションを生み出し、世界をよりよい場所に変えていく。そうして、変化した世界が新たな経験を生み出していく。その繰り返しによって、世界は前に進んできたのだという世界観。

この本が世に出たのと時を同じくして、「機械との競争」という本がベストセラーとなり、人類とコンピュータが将棋で戦う第2回電王戦が大きな話題となり、人類側が1勝3敗1引き分けで負け越したというのは、きっと偶然ではないだろう。

YとLの二人が成人し、仕事をはじめる頃になっても、イノベーション(=著者は「社会に存在している課題を今までにない方法で解決すること、もしくは先例のない課題を解決すること」と定義する)は人類の専売特許であるとは思うけれど、逆に言えば、”それ以外”の仕事でお金をかせぐのはどんどん難しくなる、そういうとても厳しい時代に二人は生まれたのだとも言えるかもしれない。これは大変なことだけれど、とても楽しいことでもある。


ちょっと話はそれるが、父さんは二人に謝らなければいけないことがある。

特にLが生まれてからこの半年くらい、何かあるたびに「子どもが二人になると、なかなか自由な時間が取れなくって」と、たいした努力もせずに、子育てを言い訳に、色々なことをサボってきた。

余談だけれど、言い訳が多いのは父さんの悪いクセで、古くはなんちゃってサッカー少年だった頃にさかのぼる。幼稚園の時は、所属していたサッカー部が強豪すぎてベンチをあたためることが多かったのだけれど、たまに試合に出られるチャンスが来ても、出場直後からちょっとした拍子に足を痛めたフリをして、もしミスをしても「いや、足が痛くて…。」と言い訳できるようにしようなんて考えていた。恥ずかしい。

著者である慎さんは、父さんと同じ金融業界で働き(同じ会社だったこともある)、父さんと同じような特技(Excelを使った財務モデリング)を持ち、父さんと同じスポーツ(トライアスロン/ウルトラマラソン)を楽しむ。

この本を読んで、その内容以上に衝撃だったのは、父さんが言い訳をして色々とサボっている間に、彼と父さんの間に、これほど大きな差が開いてしまったのか…という悔しさであり、歯がゆさだった。

インプットの質と量、そして、多忙な中で同時並行で複数の本を執筆するアウトプットの努力、さらに今このブログを書いているその瞬間、日本のウルトラランナーの憧れの大会の一つ、川の道フットレースという、太平洋から新潟まで5日半で520kmを走破する変人レースに挑戦しているという事実。なんてこった。(彼の生活スタイルを記事にしようとした編集者が、あまりのストイックさに、これでは読者が共感できない…と諦めたという話もあったと記憶している。)

このタイミングでこの本に出会えたことは、二人のために父として何ができるかの前に、まず自分自身がどう生きるかを見つめ直すよいきっかけになった。心から感謝したい。


はて、なんともまとまりのないエントリーになってしまったけれど、さいごに、気に入った文章を2つばかり引用しておわりにしたい。この本が、直感と信念の人としての慎さんの生き様であり、そして、新たなチャレンジに向けたマニフェストなのだと言うことが伝わってくる迫力の一文。心打たれた。

二人が大きくなってこの本とブログを読む頃、慎さんはどんな風に世の中を良くしているだろうか。そして、父さんはどうだろう。その時がきて、二人に「あーぁ…。」と思われないよう、父さんも逃げずに進んでいきたいと思う。

仕事を通じて論理的に考えることを教えこまれている人であればあるほど、論理的に正しいことを話しているときに得も言われぬ安心感を覚えるだろう。私もその一人だ。しかし、それだけでは十分ではないのだ。私たちは時として、自分の経験を信じて、飛躍する勇気を持たなければならない。「論理的で賢い」人々から、時には冷笑を浴びることがあっても、まだ自分の言葉にもできない思いを信じ続ける勇気を(p.53)。

私はどうしてもこの本を、今、書きたかったのです。隼が飛びたいように、チーターが走りたいように、私はこれを書きたかったのです。私はこれから起業します。全ての人に必要なお金が届く世界をつくり、より多くの人が貧困から抜け出す機会を生み出すために、21世紀における世界銀行の代わりとなる民間金融機関をつくろうと思います。(p.236)



慎さん、川の道520kmの完走、そして起業、応援しています。でも、身体も大切に!


正しい判断は、最初の3秒で決まる 投資プロフェッショナルが実践する直感力を磨く習慣正しい判断は、最初の3秒で決まる 投資プロフェッショナルが実践する直感力を磨く習慣
(2013/04/19)
慎 泰俊

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  1. 2013/05/01(水) 07:59:06|
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人に迷惑をかける

ブログ再開後、1本目のエントリーを何にしようか考えていたら、おもむろに次男Lが泣きだし、コアラ抱っこのためしばし思考中断。それにしても、Lは長男Yに比べて、意志がはっきりしているし、泣き声もデカイ。

今日は君たちのおばあちゃん、つまり、父さんのお母さんの口ぐせについて書こう。

母の口ぐせは、

「人(他人)に迷惑をかけないようにしなさい。」(迷惑をかけなければ、何にでも挑戦していいよ)

だった。というか、説教されるのは、本当にこの1点だけだったようにも思う。

中学の時はバスケットボール部のキャプテンだったのだけれど、「遅刻して仲間に迷惑をかけてはいけないよ」ということで、集合時間の少なくとも30分前には到着するように家を出る(追い出される)のが普通だった。

サッカー日本代表の長谷部選手がその著書「心を整える。」の中で、”1時間前集合”というマイ・ルールについて書いていて、「そういえば、そんな時もあったなぁ」と(僭越ながら)親近感を感じた。


転機(?)は大学1年の終わり。バングラデシュのNGOで海外インターンした際に、平気でミーティングをすっぽかし、30分~1時間遅刻するのが普通の生活(文化の違いだけでなく、インフラの未整備と慢性的な渋滞のため、到着時間が本当に読めない)に、最初は耐え難いストレスを感じながら、時間の経過とともにすっかり毒されてしまった。ちなみに、その感覚は大学卒業後に最初にはたらいたインドでの生活でさらに強化されることになる。

時は流れて2010年頃だったか、twitter経由で

インドでは、「お前は人に迷惑かけて生きているのだから、人のことも許してあげなさい」と教える
インド人から聞いた『ちょっと深い話』より)

という話を知って、なるほどと感心した。


さて、この二つのメッセージは、相反するようにも思えるね。君たちならどう考えるだろうか?


父さんは、「人に迷惑をかけないように心がける」ことも「自分に迷惑をかけた人を許す」ことも、自分以外の人の価値観や生き方を尊重するという意味で、ほんとうは同じことなのではないかと思う。

ちょっと難しい言い方だったかな。もう少し簡単に言うと、「自分が迷惑をかけた/迷惑をかけられた相手の立場だったら、どんな気持ちになるだろう?」と、少しだけ想像してみようよ、ということではないかと思う。迷惑をかけられて喜ぶ人も、好んで人に迷惑をかける人もいないはずだよね。


もちろん、ただの怠慢で人に迷惑をかけるのは、日本であろうとインドであろうと、もってのほか。

君たちが大きくなって素敵なガールフレンド候補を見つけたら、最初のデートくらいは30分前到着をオススメしたい。第一印象を与える機会は、文字どおり一生に一度きりだからね。

  1. 2013/04/28(日) 08:46:04|
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restart (blog再開)

今の会社に転職して5年ちょっと。さいごのエントリーから3年。

twitter、facebookそして社員ブログ(半分仕事だけれど)というメディアを得てからほとんどこうした私的な文章を書くこともなくなっていたのだけれど、昨年10月に二人目の子どもが生まれ、4月の引越し後の片付けもようやく落ち着いてきた(?)ので、週1回くらいのペースでのんびり再開してみようと思い立ちました。

(けれど、ここ1週間ほど朝型生活になっていて、息子二人よりも自分が先に起きられているだけなので、またすぐ挫折する可能性もあります…。)

テーマは特に決めていないのだけれど、想定する読者は成長した二人(※)の子どもたちです。

どこかでまた書くと思うけれど、「やらずに後悔するより、失敗して反省する方がよい」と信念のようなもの(その堅さが豆腐並みだったとしても)があるので、性根はグータラながら、毎日、それなりに懸命に生きているつもりではあります。

けれども、2歳半になる長男とはやっと少しずつ会話ができるようになってきたくらいの現状で、万が一、彼らをのこして旅立つようなことになったら、それはむちゃくちゃ後悔するだろうな…という確信があります。彼らが大きくなったときに見つけることができる父の言葉が、twitter上にのこされた妄言やネタばかり…というのも正直情けないですし。

叔父(父の弟)が急逝したのは、子ども(つまりぼくの従弟)が物心つく前だった。敬愛する大学の先輩は、奥さまが妊娠中に、ほんとうにあっけなくこの世を去ってしまった。悔やんでも悔やみきれないというのは、こういうことを言うのだと思います。

ということで、(基本的に)子どもたちに向けたメッセージになるのでここを訪問される奇特な方々にとって面白い内容にする自信はまったくありませんが、よろしければお付き合いください。

※ 2013年4月現在。もし3人目が生まれてこのブログを読んだときにふてくされないように、念のため注記。そういえば、ぼくの初めての上司は「念のため」を「為念ですが」と書くのが好きだったのだけれど、あれは不思議だった。だって、短くなっていないし。

  1. 2013/04/28(日) 07:07:28|
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日本代表監督の仕事とは

岡田武史氏が語る、日本代表監督の仕事とは

これもちょっと今さら感がありますが、年末年始で読み返してあらためて感動したインタビュー記事。
日の丸を背負うことのすさまじさ、そして監督という仕事の厳しさ。
能力だけでなく、全人格が試される仕事なのだと。素敵なリーダー。


・全員が反対しても、たった1人で全責任を負って決断しないといけない。これがW杯出場が決まるかどうか、優勝が決まるかどうかという試合だったらとても怖いです。「この決断1つですべてが変わる」と思うと滅茶苦茶ビビります。考えに考えます。論理的に考えても答えは出ないのですが、必死に考えます。

・「決断をする時に、完全に素の自分になれるかどうか」ということです。「こんなことをやったら、あいつふてくされるかな」「こんなことやったら、また叩かれるかな」「こんなこと言ったらどうなるかな」、そんな余計なことを考えていたら大体勘は当たりません。本当に開き直って素の自分になって決断できるかどうか、これがポイントなんです。

・経営者でも「倒産や投獄、闘病や戦争を経験した経営者は強い」とよく言われるのですが、どん底に行った時に人間というのは「ポーンとスイッチが入る」という言い方をします。これを(生物学者の)村上和雄先生なんかは「遺伝子にスイッチが入る」とよく言います。我々は氷河期や飢餓期というものを超えてきた強い遺伝子をご先祖様から受け継いでいるんですよ。

・「途中にいるから中途半端、底まで落ちたら地に足がつく」と書いてあったんです。その通りなんですよ。苦しい、もうどうしようもない、もう手がない。でも、それがどん底までいってしまうと足がつくんですよ。無心になんか中々なれないけど、そういうどん底のところで苦しみながらも耐えたらスイッチが入ってくるということです。

【6つのフィロソフィー】

1. enjoy
・Enjoyの究極はどういうことかというと、自分の責任でリスクを冒すことなんです。
・練習では考えてやらないといけない。でも、「試合ではそれを頭を使ってやるな。自分が感じたことを信じて、勇気を持ってプレーしなさい」、それがEnjoyです。

2. our team
・スランプの泥沼にあえいでいる奴らが10人いるとするじゃないですか。泥沼であえいでいる時に早く手を出してバッと引き上げても、手を離したら大体もう1回落ちるんですよ。そして2回目に落ちた時というのは、中々上がってこない。これ放っておくと、10人いたら5人はそのまま沈みます。でも、5人は必死になってもがき苦しんで、自分の力で淵まではい上がってくる。その時に手を貸した奴は残ります。

3. do your best
・「お前の仕事がやりやすいためにチームはあるんじゃない。チームが勝つことにこだわれ」ということです。

4. concentration
・これは「集中する」ということですが、何に集中するかといったら「今できることに集中しろ」ということです。「動物は今を精一杯生きている。でも人間は、済んだことを悔やんで今できない。先のことを心配して今できない。俺はそういうのは大嫌いだ。今できることをやってくれ」という言い方をします。
・僕は「勝負の神様は細部に宿る」という言い方をします。試合に勝った負けたといった時には、大上段に構えた戦術論やシステム論が取りざたされます。それは大事ですが、勝負を分けるのは往々にしてそういう小さなことの積み重ねなんです。これはもう僕の信念ですね。concentrationではそういうことを言っています。

5. improve
・先ほど言ったように遺伝子にスイッチをいれるためにも「絶対簡単にあきらめるな」と。「壁は邪魔をするために現れてきているわけじゃない。本気で目指しているかどうかを試すために出てきている。本気なら必ずその壁を乗り越えられる。本気じゃなかったらあっさり壁に阻まれる」、そう選手に言っています。

6. communication
・僕は例えば、選手がストレッチしている時に、「おいお前、この前のシュートすごかったな」とポッと言ってやる。または、「おいお前、子ども生まれたらしいな、よかったな」とポッと言ってやる。すると、選手の顔がパッと明るくなります。どういうことかというと、「俺はお前を見ているよ」ということを伝えるんです。要するにお互いを認め合うということです。

・できるならどんな小さなことでもいいから、チャレンジをしてもらいたい。頭でごちゃごちゃ考える前に踏み出してみる。少々壁や何かがあろうが、そんなもの関係ない。必ず乗り越えられる。壁というのは邪魔をするためにあるのではない。自分の気持ちを確認されているんです。「本気でこいつはやってんのかどうか」と。


  1. 2010/01/05(火) 00:00:00|
  2. business
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